本日公取委で自分の論文の発表を行ってきました。
テーマは、「単独の買手事業者により誘引された共同行為の再考-買手市場支配力の視点から」です。本論文は、慶應義塾大学の法学政治学論究76号に掲載されています。本論分では、買手市場支配力の中でも例外的な場合(単独の買手事業者)を論じているので、今回の発表では、次の論文の内容でもある原則的な買手市場支配力(複数の買手事業者)を付け加えながら発表しました。
論文の要約は以下の通りです。
渕川和彦「単独の買手事業者により誘引された共同行為の再考-買手市場支配力という視点から-」法学政治学論究76号417頁以下(2008)
<論文要約>
売手の市場支配力を主として規制を行ってきた競争法は, 買手の市場力に対する規制において理論的対応に迫られて いる。従来,買手の行為は,購買力(buying power),あ るいは交渉力(bargaining power)の問題として整理され, 市場の概念とは結びつけて捉えられてはこなかった。しか し,流通構造の変化とともに,市場における主導権が売手 から買手に移行することによって,買手事業者は市場支配 力(buyer power)を得るに至っている。 この点,買手市場支配力に関する研究が進んでいる米国 では,購買力(Buying Power)として捉えられてきた問題 を買手市場支配力(Buyer Power)として捉えた結果,水平 的な合意が存在しなくとも競争に甚大な影響を与える場合 が明らかとなった。 伝統的な共同行為規制によれば,強力な買手事業者が共 同行為の形成を誘引した場合においても状況証拠を用いて 供給業者の並行行為に水平的な合意を推認する方法が採ら れる。しかし,共同行為の中でも例外的な単独の買手事業 者により誘引された共同行為においては,水平的な合意の 形成よりも,買手事業者の市場支配力の有無が重要である。
<発表後の質疑応答について>
林先生からは、研究の意図というものを改めて問われました。濫用規制に関しては日本では、優越的地位の濫用が一般指定14項に存在しており、改めて論文として取り上げる理由を説明して下さいというものだった。優越的な地位の濫用は日本にとってはお家芸とも言うべきもの。これを必要ないとお考えなのか、というご質問を頂いた。
日本独占禁止法は、優越的地位の濫用が相対的な地位の優位性で足ります。従来議論されてきたっ相対的地位の優位性と絶対的な地位の優位性に関して、絶対的な地位の優位性とは何か、さらに、絶対的な地位の優位性が現われた特性については、従来必ずしも議論がなされてこなかった。この点を明らかにしたいというのが大きなテーマであります。今まで優越的地位の濫用は市場概念とは結び付けて考えられては来ませんでしたが、私的独占の適用該当性を検討する必要性がある場合が存在すると考えます。これがどのような事例なのかという点について論文では触れており、「スロッティング・アラウエンス」や「ペイ・トゥ・ステイフィーズ」を前提として、競合者のコストを引き上げるような行為に関しては要注意ではないかと考えます。その理由としては、まさにTRUが「スロッティング・アラウエンス」に該当するような棚スペースの割当によって買手市場支配力を獲得していたことがFTCによって認定されているということが法体制が違えど、一定の示唆が日本独禁法にもあると考えます。
さらに林先生から優越的地位の濫用と買手独占力あるいは買手市場支配力は市場を狭く取るか広くとるかという違いに過ぎないのではないかというご指摘受けた。買手独占力によって安く仕入れることができて消費者に利益になるという議論は一部ではあったが、それは古い議論の蒸し返しに過ぎないのではという点についてもご質問していただいた。
買手独占力あるいは買手市場支配力を検討すると言っても必ずしも市場を広く捉えるというこではなく、経済厚生の損失を検討するということに大きな目的がある。繰り返しになるが、相対的な地位の優位性である優越的地位の濫用を軽視するものではなく、市場理論によっては捉えられない現実社会における地位の優位性は存在している。これについてはやはり優越的地位の濫用で規制するべきである。他方、絶対的な地位の優位性に対しては、競争の実質的な制限を生じる場合がある。これに対してはより実効性があるエンフォースを課す必要あるだろう。もっとも独禁法改正案では、一部不公正な取引方法にも課徴金が課されることになっているので、この点については動向を見る必要がある。競争の実質的制限をどのように判断するのか、その基準を示すものが買手独占力、買手市場支配力概念の大きな利点であると考える。
小田切所長からは、買手独占力が生じるような場合に問題視するべきは、一義的に生産を減らすことにあるという指摘を受けた。また、雪印事件を考えてみると買手独占力の事例なのかについては怪しいとコメントいただいた。買手独占力と独占力が拮抗すれば発表スライドで引用したような価格モデルの均衡に近づくこととなる。結局は交渉力の問題ではないかという問題に過ぎないのではないかというご質問だった。
雪印乳業ほか乳業製造業者4名事件(公取委勧告審決昭49・5・22審決集21巻30頁) については第一次石油ショックの時代という特殊な事実背景が存在しているが、現在も原油価格高騰により、牛乳生産者は厳しい状況に置かれている。当該事件では、購入価格、小売希望価格も併せて値上げされており、買手独占力の定義に当てはまりにくいのは確かである。この事例については、事実を見ながらもう一度検討しなければならない。ただ、牛乳メーカーが購入価格の値上げに応じた後でも買い叩きがあったのではと推察される。 また、 四国食肉流通協議会事件(公取委勧告審決平4・6・9審決集39巻79頁)では、卸売にあたる業者が豚肉生産者の購入価格を決定していた事例だが、全国スーパーに対して売っている場合に競争が働いているのでいいのではないかというご指摘も受けたが、豚肉生産者と卸売業者の関係では、経済厚生の損失が存在していることは言えるであろう。
いずれにせよ、買手独占力を考える上では、上流市場、下流市場双方の独占を併せてみる必要であるという意見については、勉強になった。
また、研究員の方から市場の取り方についてかなり詳しくご質問を受けた。トイザラスのようなおもちゃメーカーなら分かりやすいが、スーパーやコンビになどでは、どのような市場を取るのか。給食を買い受ける学校など、エンド・ユーザーも買手独占力の対象となり得るのかというものだった。また、おもちゃの市場を考えた場合、全国で買うことは通常考えられないので、大都市などで限られた市場を取る方が妥当であろうというコメントを頂いた。通常は消費者の行動から市場を画定するが、買手独占の場合どこの市場をどの要素を捉えるかについてもご質問いただいた。
おそらく、スーパー、コンビニであれば商品ごとに市場をとることはなかなか困難なので、地理的市場が妥当ではなかろうか。そしてエンドユーザーに関しても日本独占禁止法で事例がいくつか見られることから規制対象となると言えるだろう。 どの要素を捉えるかについては、買手独占の場合、売手の行動をみなければならないと同時に上流市場の状況を見なければならないだろう。
また、ペイ・トゥ・ステイ・フィーズやスロッティング・アラウエンスの料金がどのような形態で行われているのかというご質問を受けた。これは追加調査が必要である。
さらに、買手独占のモデルにおける均衡点をどのように決めるのかということについてご質問を受けた。これは、当事者同士の主張、立証を踏まえて最高裁判所の判断を出すことになると思います。
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