2010年10月7日木曜日

米国反トラスト法における略奪的高価購入(Predatory Bidding)規制

慶應大学の「法学政治学論究」に自分の論文が掲載されました。
渕川和彦「米国反トラスト法における略奪的高価購入(Predatory Bidding)規制」法学政治学論究86号35-67頁(2010)

<要約>
従来、我が国の独占禁止法(以下、「独禁法」)では、買手の行為に対して必ずしも積極的に規制を行ってこなかった。しかしながら、平成17年の独禁法改正において購入カルテルについても課徴金が課されることとなり、買手の行為に対する規制への関心が高まりつつある。しかしながら、我が国独禁法では、支配型・排除型を問わず、買手が私的独占を行った場合に課徴金の対象とならない点を問題として指摘することができる。
この点、米国では、原材料となる原木の買占めによる競合会社の排除が問題となった、2007年のWeyerhaeuser事件がある。連邦最高裁は、売手側の独占と買手側の独占との理論上の類似性を指摘し、略奪的価格設定のBrooke判決の2段階の基準を略奪的高価購入に対しても応用して判決を下した。連邦最高裁は、まず、①略奪者である買手の高価購入により生じた生産品のコストが、生産品の販売で生じた収益を上回ることを生じ、次に、②独占力の行使を通じて、原材料価格を吊り上げた際に被った損失を埋め合わせる、合理的な見通しを有することを証明しなければならないとした。
 Weyerhaeuser事件では、生産品である製材のコストを基準とした。本件で問題となった生産品の製材は、原材料が7割の価格を占めるという特殊な事情もあった。生産品の価格のコスト基準については、傾聴に値するが、慎重な対応が必要と考える。Weyerhaeuser事件は、買手独占が競争法上の問題となることを明らかにし、Brooke判決基準を略奪的高価格購入に適用している点で意義がある。しかしながら、Brooke判決基準同様、原告に厳しい立証責任を課しており、また、生産品のコスト基準、違法性判断基準の不統一など課題が多い。
Weyerhaeuser事件のような略奪的高価購入の問題は、我が国独禁法では、一般指定7項の不当高価購入、あるいは独禁法2条5項の私的独占に該当する行為と考えられる。特に、一般指定7項の不当高価購入については、運用例がなく、学説上も議論の蓄積が少ない。Weyerhaeuser事件では、略奪的高価格購入において、生産品のコスト基準を用いている。不当高価購入の「高い価格」の基準を検討する上で参考ともなるが、事業者困難性が公正競争阻害性ともなっているため、必ずしも生産品のコスト基準を用いる必要はない。
また、私的独占としての略奪的高価購入について、生産品のコスト基準は意義があると考えられるが、原材料が生産品の価格の7割を占めるようなウェイヤーハウザー事件とは異なり、加工に高度な技術が必要で生産品の価格が原材料と比べ著しく高くなるような場合には、この生産品のコスト基準は上手く機能しないと考えられる。

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