2009年12月15日に慶應大学の法学政治学論究に自分の論文が掲載されました。
渕川和彦「米国反トラスト法における農業適用除外―酪農業の適用除外制度を中心として」法学政治学論究83号1頁(2009)
この自分の研究分野である購買力の濫用規制の検討の一つとして論文にしたものです。農業分野は規制産業の一つと言えますが、米国の酪農業分野は、その代表的な分野と言えます。零細な酪農家と独占的な地位に立つ牛乳加工業者との交渉力を均衡させることを念頭においた反トラスト法の適用除外制度が存在します。ただし、大規模な酪農家が現れるに至り、事情が変更しつつあります。論文の概要は以下の通りです。
<要約>
農業政策としての政府規制は、競争法との軋轢を生じさせる場合がある。従来、零細な農家は、大企業との取引で買い叩かれ、不利な状況に直面してきた。
農業分野において政府規制を行う代表的な国の一つである米国では、競争法である米国反トラスト法を構成する、1914年のクレイトン法、1922年のカッパー・ボルステッド法によって、協同組合に対する一定の適用除外を認めることで交渉力の均衡を図ってきた。
米国では、協同組合の結成に関する適用除外に加えて、1937年の農産物出荷協定法8b条において、農務長官が、加工業者、生産者、生産者の団体、その他農産品又は農産物の取扱いに従事する者との間で出荷協定を締結することを反トラスト法の適用除外とすることを規定し、明示の適用除外を定めている。
農産物の中でも牛乳は、栄養価も高く、米国の生活に欠かせない。酪農政策に関して1937年の農産物出荷協定法を根拠法とする、連邦牛乳出荷規制命令に従い、牛乳の出荷最低価格を定め、交渉力が相対的に弱い農家に交渉力を与えている。
農業協同組合については先行研究の蓄積がある。しかし、農産物出荷協定法及び連邦牛乳出荷規制命令については十分な研究が未だなされていない。そこで、本稿では、農業分野の適用除外の中でも酪農業の適用除外に関する判例変遷を検討し、農産物出荷協定法8b条によって認められる反トラスト法の適用除外の射程が、連邦牛乳出荷規制命令に及ぶのかについて、明示の適用除外、黙示の適用除外の双方の観点から分析した。
その結果、現在、連邦最高裁は、Borden事件連邦最高裁判決、Virginia Milk Producers Ass’n事件連邦最高裁判決で反トラスト法の適用除外を出荷協定に限定する旨の判示をして以来、沈黙を保っていることが明らかとなった。判例変更がなされるか否か、今後の連邦最高裁の動向が待たれる。
この点、酪農業の事件とは異なるが、規制法令が反トラスト法の適用を黙示的に排除するか否かについて判断した重要なものとして、Credit Suisse事件連邦最高裁判決が参考となる。この事件の判断基準に照らして考えれば、農務省が発行する連邦牛乳出荷規制命令が、黙示の適用除外として反トラスト法の適用が排除されることも考えられる。ただし、黙示的適用除外が認められるとしても、立法が認めた適用除外ではないため、厳格に解釈し、できる限り制限的に認めるべきである。
2009年12月18日金曜日
ウェイヤーハウザー事件連邦最高裁判決
2009年10月号の公正取引708号に自分の判例評釈が掲載されました。
渕川和彦「ウェイヤーハウザー事件連邦最高裁判決」公正取引708号45頁(2009)
本件は、略奪的高価購入(Predatory Bidding)に関して連邦最高裁が判断を下した初めての事例です。一般的に略奪的な行為としては不当廉売の方がよく見られますが、本件では、逆に高い価格などで買い占める行為が問題となった非常に珍しい事件です。私的独占としての不当廉売が略奪的価格設定(Predatory Pricing)ですが、本件では、略奪的価格設定のブルック判例基準(①コストを下回る価格設定②①の損失の埋め合わせの立証が必要)を略奪的高価購入に応用しました。ただし、ブルック判決基準と同様の批判、つまり、コストを上回る略奪的な行為(例えば、バンドリング・リベートなど)については、セーフハーバーを与えてしまうという問題があります。略奪的高価購入では、アウトプットの販売にかかるコストを基準としています。公正取引では、紙幅の制約があったので、改めて論文で取り扱いたいと思っています。
渕川和彦「ウェイヤーハウザー事件連邦最高裁判決」公正取引708号45頁(2009)
本件は、略奪的高価購入(Predatory Bidding)に関して連邦最高裁が判断を下した初めての事例です。一般的に略奪的な行為としては不当廉売の方がよく見られますが、本件では、逆に高い価格などで買い占める行為が問題となった非常に珍しい事件です。私的独占としての不当廉売が略奪的価格設定(Predatory Pricing)ですが、本件では、略奪的価格設定のブルック判例基準(①コストを下回る価格設定②①の損失の埋め合わせの立証が必要)を略奪的高価購入に応用しました。ただし、ブルック判決基準と同様の批判、つまり、コストを上回る略奪的な行為(例えば、バンドリング・リベートなど)については、セーフハーバーを与えてしまうという問題があります。略奪的高価購入では、アウトプットの販売にかかるコストを基準としています。公正取引では、紙幅の制約があったので、改めて論文で取り扱いたいと思っています。
インテルを米国FTCが提訴
米国FTCがFTC法5条でインテルを提訴したようです。日本独占禁止法の私的独占で規制されたインテル事件が端緒となる形となったインテル関係の訴訟ですが、米国、欧州での判断が今後注目されます。
米FTC、インテルを提訴 MPU販売「独占的地位を乱用」 Nikkei Net (12/17)米FTC、インテルを提訴 MPU販売「独占的地位を乱用」 【シリコンバレー=田中暁人】米連邦取引委員会(FTC)は16日、半導体最大手の米インテルがパソコンの頭脳として使われるMPU(超小型演算処理装置)販売で独占的な地位を違法に利用して市場競争を阻害したとし、同社を提訴したと発表した。インテルに対しては、欧州連合(EU)の欧州委員会が独占禁止法違反と認定したほか、ニューヨーク州の司法当局も提訴している。おひざ元の米当局が提訴に踏み切ったことで、欧州での訴訟などに影響が出る可能性もある。
FTCは、デルやヒューレット・パッカード(HP)、IBMなどのコンピューター大手にインテルが圧力をかけるなどして、競合するMPU製品を購入しないよう違法に働きかけたと指摘。MPUに加え、画像処理半導体でも市場独占の問題があると言及した。インテルの行為が不公正競争について定めたFTC法第5条に違反していると指摘。消費者の不利益につながるほか、技術革新を抑制しているとし、違法行為の是正を求めた。 (09:50)
米FTC、インテルを提訴 MPU販売「独占的地位を乱用」 Nikkei Net (12/17)米FTC、インテルを提訴 MPU販売「独占的地位を乱用」 【シリコンバレー=田中暁人】米連邦取引委員会(FTC)は16日、半導体最大手の米インテルがパソコンの頭脳として使われるMPU(超小型演算処理装置)販売で独占的な地位を違法に利用して市場競争を阻害したとし、同社を提訴したと発表した。インテルに対しては、欧州連合(EU)の欧州委員会が独占禁止法違反と認定したほか、ニューヨーク州の司法当局も提訴している。おひざ元の米当局が提訴に踏み切ったことで、欧州での訴訟などに影響が出る可能性もある。
FTCは、デルやヒューレット・パッカード(HP)、IBMなどのコンピューター大手にインテルが圧力をかけるなどして、競合するMPU製品を購入しないよう違法に働きかけたと指摘。MPUに加え、画像処理半導体でも市場独占の問題があると言及した。インテルの行為が不公正競争について定めたFTC法第5条に違反していると指摘。消費者の不利益につながるほか、技術革新を抑制しているとし、違法行為の是正を求めた。 (09:50)
2009年12月11日金曜日
公取委審判制度廃止
政府の方針として審判制度が廃止の旨が発表されました。企業結合案件など、高度な専門性が必要なものについても適切な判断が行えるのでしょうか。2010年秋の国会で独禁法改正案が通るのか否かが注目されます。これから裁判所がどのような運用をしていくのか。消費者の利益を守る独占禁止法を運用する公取委の権限が大幅に制限されることに関して、経済法の研究者だけでなく、少しでも多くの消費者が危機感を持つべきではないかと思います。
「公取委審判制度廃止へ 東京地裁に機能を移管 財界の不満に配慮」
(東京新聞、2009年12月10日 朝刊)
政府は九日、公正取引委員会の審判制度を廃止し、その機能を東京地裁に移す方針を決めたと発表した。来年の通常国会に、廃止を盛り込んだ独占禁止法改正案を提出する。
審判制度は、公取委から談合などを指摘され課徴金納付命令などの処分を受けた企業が不服な場合、公取委に申し立てる制度。公取委自身が処分の妥当性を判断するとあって、経済界では「検察官と裁判官が同じだ」との不満が根強かった。
記者会見した内閣府の田村謙治政務官によると、独禁法違反事件は経済的な専門性が高いことから担当を東京地裁に一元化する。従来、公取委が処分を出す前に企業側に説明している証拠については、新たにその閲覧まで認めるようにするなど、事前手続きをより丁寧にする。
これとは別に、公取委が企業に調査を行う際、弁護士の立ち会いを認めるなどの防御権については、年明け以降に検討を始める。
日本経団連の御手洗冨士夫会長は都内で記者団の質問に答え「経団連も前から主張していたことで、よかったと思う」と廃止の方針を歓迎した。
<公正取引委員会の審判制度> 独占禁止法違反事件で、排除措置命令などの行政処分を受けた企業が不服を申し立てる制度。公取委の審判官が裁判官の役回りとなり、企業と公取委の言い分を聞きながら、事実関係や処分内容の妥当性を審査する。通常の裁判の一審という扱いになり、裁判の判決に相当する「審決」に納得できない場合は、東京高裁、最高裁で引き続き争える。
「公取委審判制度廃止へ 東京地裁に機能を移管 財界の不満に配慮」
(東京新聞、2009年12月10日 朝刊)
政府は九日、公正取引委員会の審判制度を廃止し、その機能を東京地裁に移す方針を決めたと発表した。来年の通常国会に、廃止を盛り込んだ独占禁止法改正案を提出する。
審判制度は、公取委から談合などを指摘され課徴金納付命令などの処分を受けた企業が不服な場合、公取委に申し立てる制度。公取委自身が処分の妥当性を判断するとあって、経済界では「検察官と裁判官が同じだ」との不満が根強かった。
記者会見した内閣府の田村謙治政務官によると、独禁法違反事件は経済的な専門性が高いことから担当を東京地裁に一元化する。従来、公取委が処分を出す前に企業側に説明している証拠については、新たにその閲覧まで認めるようにするなど、事前手続きをより丁寧にする。
これとは別に、公取委が企業に調査を行う際、弁護士の立ち会いを認めるなどの防御権については、年明け以降に検討を始める。
日本経団連の御手洗冨士夫会長は都内で記者団の質問に答え「経団連も前から主張していたことで、よかったと思う」と廃止の方針を歓迎した。
<公正取引委員会の審判制度> 独占禁止法違反事件で、排除措置命令などの行政処分を受けた企業が不服を申し立てる制度。公取委の審判官が裁判官の役回りとなり、企業と公取委の言い分を聞きながら、事実関係や処分内容の妥当性を審査する。通常の裁判の一審という扱いになり、裁判の判決に相当する「審決」に納得できない場合は、東京高裁、最高裁で引き続き争える。
2009年12月9日水曜日
公取委の「審判制度」の行方
公取委の審判制度の改正について議論が動き始めました。従前の事前審判制度に戻すというのが本来であれば望ましいと思いますが、残念ながら、従前の事前審判制度にも戻さず、現行の事後審判制度から改正するというのが平成21年独占禁止法改正の本法附則によって決まっています。
12月7日の報道によれば、東京地裁が一元的に取消の訴えを受けることになりますが、米国が連邦取引委員会(FTC)の決定に不服がある場合は連邦巡回区控訴裁判所に訴えが及ぶことと比較すると、日本の公取委の役割はかなり後退すると言わざるを得ません。是非、比較法的な見地から、公正な審判をどのように行うかについての議論をしていただきたいものです。
「公取委の「審判制度」廃止へ 政府近く正式発表」(2009年12月7日asahi.com)
「談合やカルテルなどで処分を受けた企業が不服を申し立てる公正取引委員会の「審判制度」を廃止する最終方針を政府が固めた。近く正式発表する。「処分を決めた公取委が自ら審判する制度は不公平」と廃止を求めてきた経済界の訴えに、鳩山政権が発足後速やかに同調した形だ。政府は、来年の通常国会での独占禁止法改正を目指す。
審判制度は、課徴金納付命令などの処分を出された企業が不服を申し立てる制度。現行では、審判の判断にも納得できなければ、処分取り消しを求めて高裁に提訴する。審判が廃止されれば、当初から地裁に訴えを起こす仕組みになる。裁判所には専門部署を設ける方向で法務省などと検討している。
公取委の審判で、処分の是非を検討するのは、公取委職員や裁判官、弁護士らでつくる審判官で、裁判の判決にあたる審決の案を作る。最終判断は、公取委の委員長と4委員が合議で下す。
これに対し、経済界は「『検察官』と『裁判官』を兼ねる制度だ」と批判。審判で不服を聴いたうえで処分を決めていた手続きを、05年の法改正で、処分後に審判を開く事後制度に変えたため、批判はさらに強まった。
これら批判を受け、公取委は昨年、違法性が明らかな談合やカルテルは当初から裁判所で争い、企業合併の審査や私的独占などは事前審判に戻す折衷案を検討していた。
しかし、今春の法改正の審議では、与党だった自民党内で調整がつかず、議論は先送り。当時野党だった民主党は、経済界の要望を受けた形で審判の廃止を強く主張。総選挙前に出した政策集にも廃止を盛り込んでいた。
9月の新政権発足後、審判を巡る議論は一気に加速した。以前から廃止を求めていた日本経済団体連合会(経団連)は10月20日に改めて「公正、公平な解決のためには、審判を廃止し、直接裁判所で争える仕組みが必要」との提言を公表。半月後の11月5日、近藤洋介経済産業省政務官が廃止方針を表明した。
検事として公取委に出向経験のある郷原信郎弁護士は「裁判所に専門性の高い経済の事案に対応する態勢が整っているのか疑問だ。一部を事前審判に戻す選択肢もある」と指摘する。独禁法に詳しい根岸哲・甲南大法科大学院教授(経済法)は「自ら審判をする権限が無くなれば、公取委の弱体化につながる恐れがある」として、法改正に向けてはさらに論議が必要との考えを示している。(小島寛明、富田祥広) 」
12月7日の報道によれば、東京地裁が一元的に取消の訴えを受けることになりますが、米国が連邦取引委員会(FTC)の決定に不服がある場合は連邦巡回区控訴裁判所に訴えが及ぶことと比較すると、日本の公取委の役割はかなり後退すると言わざるを得ません。是非、比較法的な見地から、公正な審判をどのように行うかについての議論をしていただきたいものです。
「公取委の「審判制度」廃止へ 政府近く正式発表」(2009年12月7日asahi.com)
「談合やカルテルなどで処分を受けた企業が不服を申し立てる公正取引委員会の「審判制度」を廃止する最終方針を政府が固めた。近く正式発表する。「処分を決めた公取委が自ら審判する制度は不公平」と廃止を求めてきた経済界の訴えに、鳩山政権が発足後速やかに同調した形だ。政府は、来年の通常国会での独占禁止法改正を目指す。
審判制度は、課徴金納付命令などの処分を出された企業が不服を申し立てる制度。現行では、審判の判断にも納得できなければ、処分取り消しを求めて高裁に提訴する。審判が廃止されれば、当初から地裁に訴えを起こす仕組みになる。裁判所には専門部署を設ける方向で法務省などと検討している。
公取委の審判で、処分の是非を検討するのは、公取委職員や裁判官、弁護士らでつくる審判官で、裁判の判決にあたる審決の案を作る。最終判断は、公取委の委員長と4委員が合議で下す。
これに対し、経済界は「『検察官』と『裁判官』を兼ねる制度だ」と批判。審判で不服を聴いたうえで処分を決めていた手続きを、05年の法改正で、処分後に審判を開く事後制度に変えたため、批判はさらに強まった。
これら批判を受け、公取委は昨年、違法性が明らかな談合やカルテルは当初から裁判所で争い、企業合併の審査や私的独占などは事前審判に戻す折衷案を検討していた。
しかし、今春の法改正の審議では、与党だった自民党内で調整がつかず、議論は先送り。当時野党だった民主党は、経済界の要望を受けた形で審判の廃止を強く主張。総選挙前に出した政策集にも廃止を盛り込んでいた。
9月の新政権発足後、審判を巡る議論は一気に加速した。以前から廃止を求めていた日本経済団体連合会(経団連)は10月20日に改めて「公正、公平な解決のためには、審判を廃止し、直接裁判所で争える仕組みが必要」との提言を公表。半月後の11月5日、近藤洋介経済産業省政務官が廃止方針を表明した。
検事として公取委に出向経験のある郷原信郎弁護士は「裁判所に専門性の高い経済の事案に対応する態勢が整っているのか疑問だ。一部を事前審判に戻す選択肢もある」と指摘する。独禁法に詳しい根岸哲・甲南大法科大学院教授(経済法)は「自ら審判をする権限が無くなれば、公取委の弱体化につながる恐れがある」として、法改正に向けてはさらに論議が必要との考えを示している。(小島寛明、富田祥広) 」
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